COLUMN コラム

ジョセフィーヌストーリー【1】

2016.05.09

フランスから西へ遥か9000キロ、大西洋を隔てたカリブ海の東側に西インド諸島が連なります。その中のひとつマルティニック島に、1763年、後にフランスの歴史に名前を刻むことになる女性が誕生しました。
マリー・ジョセフ・ローズ・タシェール・ド・ラ・パージェリ。彼女は島の占い師の老婆にこう予言されます。「この子は2回結婚する。その2回目の結婚相手からは、太鼓と笛とファンファーレが聞こえる」。
コーヒーを沸かした粉で、長い間無数の人の占いをしてきた老婆でさえも見たことのない未来でした。それはやがて現実のものとなります。

ジョセフィーヌが、マルティニック島からヨーロッパ大陸に渡ったきっかけは、結婚でした。
ジョセフィーヌ16歳。彼女の夫となった人物は、3歳年上の陸軍大尉、アレクサンドル・ド・ボアルネ子爵。ハンサムですらりと背が高く、社交的でダンスの名人。パリの社交界でも人気者でした。
そのアレクサンドルにとって、南の島で天真爛漫に育ったジョセフィーヌは、田舎から出てきた娘にしか思えません。しかし、当時の結婚観はとても現実的、高利的で、お互いの愛情よりも両家の親の思惑が優先されましたから、彼は結婚には前向きでした。
パリでは「夫や妻に恋心を描くことなどは無粋なもののすること」と多くの人が考えていましたが、ジョセフィーヌは違いました。彼女は夫に恋をし夢中になり、そのことが彼女と夫との精神的なすれ違いを生んでいきます。若くてうぶなジョセフィーヌにとって、この結婚生活は辛いものになりましたが、反面大きな幸福ももたらします。それは二人の子供を得たことです。結婚2年もしないうちに、長男ウージェーヌを出産。さらに長女オルタンスを授かりました。

母親に対する二人の子供の愛情は、生涯にわたり純粋で、後にジョセフィーヌがナポレオンと結婚し最大のピンチに立ったとき、彼女を救ったのはウージェーヌでした。ウージェーヌは後にイタリア副王となり、オルタンスはナポレオンの弟と結婚し帝政を復活させるナポレオン三世の母親となります。
ナポレオン没落後、再度帝政を復活させたナポレオン三世(ルイナポレオン)は、ジョセフィーヌがもっとも愛した孫息子です。

(続く)